矢吹淳さん
沖ヶ浜田黒糖生産共同組合
福島出身、東日本大震災を機に山梨へ引っ越し、その後種子島にたどり着く。移住先の集落が種子島で伝統の黒糖作りを行っている”沖ヶ浜田”であったことで、黒糖作りに関心を持つ。現在は自身も有機栽培でサトウキビを生産し、黒糖作りの次期リーダー候補でもある。コーヒーと音楽を愛する、柔らかな語り口調のバンドマン。
東日本大震災をきっかけに、種子島黒糖の聖地”沖ヶ浜田”にたどり着く
矢吹さんは福島県出身で、東日本大震災をきっかけに家族で山梨県へ引っ越すことになりました。山梨で4年間過ごしましたが、同じ福島から山梨へ移住した友人が先に種子島へ移住し、種子島いいところだよとお勧めされ、矢吹さんご家族も種子島へ移住してきました。もともと福島では浜通りという海沿いに住んでいたため、海の近くに住みたいということもあったそうです。
移住先の西之表市伊関地区は、先に移住した友人も住んでおり、移住者が多い地域。せっかくだから島らしい仕事をしたいと思っていたところに出会ったのが、この伊関地区沖ヶ浜田で作られている、黒糖作りでした。
種子島ではサトウキビ栽培が盛んで、昔から島内には多くの黒糖小屋がありました。100年以上前から島での黒糖作りは行われており、当時は300軒以上あった製糖工場が、今はたった2軒を残すのみとなりました。
その2軒が沖ヶ浜田にあり、今もすべて手作業で、伝統的な昔ながらの製法で黒糖を作っています。
この黒糖作りに惚れ込んだ矢吹さんは、2023年に就農し、有機栽培で黒糖用のサトウキビを作り始めます。

職人たちによって守られる伝統製法
鹿児島以南の離島ではサトウキビ栽培が盛んですが、その多くは機械で収穫し、製糖工場へ出荷します。
この沖ヶ浜田の黒糖作りは、サトウキビを収穫するところから手作業です。1本1本、この伝統黒糖にふさわしい味か、見極めながら収穫していきます。
その後、搾汁で唯一機械を使用しますが、その他の行程はすべて手作業、電気的なものは一切使いません。「三段登窯(のぼりがま)製法」といって、最初にサトウキビの絞り汁を入れる一番窯は直火。二番窯、三番窯は火流で煮上げられるのが特徴です。
火も薪で焚き、火加減も職人技。火を焚く専門の人がいます。この火力の調整によって、 独特の「フレーバー」「カラメル色」「コクと旨味」が出るのです。
また、どのタイミングで火から上げるかは、レシピなどはなく、頭領(黒糖小屋のリーダー)の一声で決まります。すべてが職人技の、伝統製法です。






伝統を守るために、若者へつなぐ道を自ら切り拓く
矢吹さんは島の人たちから、「昔の海はキレイだった」という言葉を聞き、その一因は農薬にあるのではないかと考え、海をキレイに戻したいと思ったそうです。そこで有機栽培でサトウキビを作り始めました。
はじめは衝突もあったそうですが、きちんと美味しいサトウキビを作り、大変なこともこだわりをもって続けていく姿が島の人にも届き、黒糖作りの仲間入りに。今では次期頭領候補として、奔走しています。
ただ、この伝統的な黒糖作りも生産者やメンバーの高齢化が著しく、後継者がいない問題を抱えています。
昔から種子島で親しまれている沖ヶ浜田の黒糖は、島内消費だけで、しかもものすごく安価で提供されていることからも、若者がこれだけで食べていけるような仕事ではありません。
矢吹さんは、この伝統の黒糖作りを守りたいと、有機栽培のサトウキビだけを使った新たな商品を打ち出します。デザインやファン作りにこだわり、クラウドファンディングを実施。
価値あるものを適正価格で販売し、若者がやりたいと思うようなロールモデルになれるよう、自ら挑戦を続けています。
